エストニア・チェルノブイリ・ヒバクシャ基金とは

 1986年4月26日に起きたチェルノブイリ原発事故による死亡者は50万人。被ばく者は何十万人〜何百万人といわれ('00年ロシア政府発表)、その範囲も旧ソ連・東欧圏はおろか、ジェット気流に乗って日本までやってきていたのではないかとさえ言われています。
 エストニア・チェルノブイリ・ヒバクシャ基金は、1990年にヘルシンキの国際会議で出会った一人のエストニア人被ばく者の訴えに単を発し、事故当時はまだ旧ソ連の一部であったために事故後の処理作業に強制動員されて被ばくした、バルト3国の事故後処理従事者とその家族を中心に、被ばく者団体との交流や医薬品の支援や現地のサナトリウム治療の援助、現地の被曝医療担当者を日本に招いての医療研修支援など、現地のニーズに基づいた援助を続けています。

最初の呼びかけ(1990年8月6日)
もっと詳しくお知りになりたい方は、HICAREのHPに掲載された紹介文もご覧下さい。
バルト三国のチェルノブイリ被ばく者の支援活動を続けて(山下 史)
HICAREホームページより